一生グーチョキバナナ

掘り下げて分解する。繋げて広がる。

掘り下げる意味

何か踏み出せなかったり、怖いと思うことって「わからない」からということが多い。
そして、ついつい慣れたことに落ち着こうとしてしまう。それで安定するのはいいのだけど、変わりたいのにいつも同じところでつまづいたり、停滞する原因にもなる。

私はカウンセリング職(心理専門ではない)に就いているが、そういう人を沢山見てきた。

悩みの原因を取り払いたいとか、理想はあるものの、どういうアプローチをしたらいいかわからないのだ。



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イメージしてみてほしい。
都心近郊から遠くを見渡すと、うっすらと山が見える。その山の1つを美しいと思い行きたくなる。
そして山を目指そうとするとき「わからない」が現れる。
この場合「行き方がわからない」だ。

道案内アプリで検索して簡単に行ける時代であるが、それだって現在地と目的地くらいは知らないといけない。
山へ向かって、とりあえず目の前の道を進んでみるというのもできるが、そういう思いきったことができる人間は悩まないのだ。

悩む人間は、山まで歩くとして体力が足りるかだとか、途中で通行止めがないかだとか、バスや電車を利用したら反対方向へ行かないかだとか、気が変わったときに進めも戻れもしなくならないか……なんてことまで「わからない」が押し寄せてくる。

こうして書いてみると、効率を考えるゆえの不安であり、地図や路線図で解決することがわかるのだが、不安、不明の正体が掴めないままだと、漠然と「わからない」を抱えてしまう。

さらに、漠然とした「わからない」は、フックを持っていて、そのまま歩き回らせてしまうと、どんどん不安をくっつけていく。

頭では考えても仕方がないと思いながらも、ぐるぐる考えているうちに、そもそもあの山はそんなに魅力的だろうか?行く意味があるのか?なんてことまで出てくる始末。そうしてとことん大きく育った「わからない」は視界を狭めたり、壁になってしまう。



これは本当にもったいないことだと思う。可能性を狭めるというのもあるが、フックにせっかく引っかかった貴重な素材を活かせていない。

話が反れ過ぎてしまうので、フックと素材についてはまた後で書くとして、不安や恐怖を生み出す「わからない」を分解してやろうというのがここでしたい試みということだ。

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悩みとか怖いことってそのままだと巨大なモンスターとか岩山のようだけど、何でできているか観察すると、ひとつひとつバラけて掴めそうな大きさで転がってくる。
そこまで小さくなればちょっと立ち向かってやろうかと思えるんじゃないか。

この感じ、採掘に近いだろうか。いきなり大岩に殴りかかったり、使い方を知らないダイナマイトで挑んだりしたら怪我してしまう。そして怪我した経験を思い出して、また失敗しないか怖くなる。

でも丁寧に掘り出したら、それなりに扱えそうだし、中には素材として使えるものもある。

「わからない」を細かいいくつかの「わかる」に変えていく。そうすることで、ただの不安でしかなかったものは例えば「着眼点」の1つとして生まれ変わる。
他にもきっといろんなものが発掘できると思う。



様々な「わからないこと」をいまの自分が持っているもので採掘していく遊びをこれから沢山したい。

どんな形で切り出すか、何が出てくるかはきっと変わっていくから、あくまで「いま自分はこう理解する」という仮説に過ぎない。

だけど、そうやって集めた仮説をタイムカプセルみたいにいつか取り出して答え合わせするのも楽しそうだ。